箱の家 エコハウスをめざして書評
「箱の家」はここ十年の間に120を越える建設がなされたという。建築家が年間10以上の住宅を設計し続けそれが10年を越えて継続していることは今日の住宅設計の世界での奇跡ではないかと思う。その住宅シリーズについて建築家自身によるの二冊目のアンソロジー=第一冊は40棟を越えたころに出版されたそうだ=が出版された。ここでは作者自身により冷静にこれらの一つ一つについてのコメントがあり、またそれらが時期に応じてどのような意図を持って設計されたかの説明がなされ、この住宅シリーズの意図が丁寧に解説され、箱の家への作者自身の思いと自身による歴史と未来が簡明に冷静に語られている。奇跡には根拠があったのである。
そして何より本書はその冒頭にあるように「箱の家」から「エコハウス」へという宣言の書である。「箱の家」はこれを機に「エコハウス」に進化する、著者が述べることはここに集約しているとさえいえるのだろう。
著者は第一作「箱の家1」はシリーズを意図しスタートしたわけではない、計画が極めて厳しい予算であり結果「ローコストハウス」を真剣に考えることになった、それが箱の家シリーズの始まりであると著者は証言している。私はこのことが箱の家を特徴付ける何よりの出発点であるのだろうと思う。そしてローコストハウスへの冷静で確実な思考が1950年代のモダニズム建築テーマと寄り添うことになる事とつながるのではないかと考えるのである。戦後のモダニズム住宅はいうまでもなくローコストハウスを考えることに精力を傾注したのであり、私はこの共通する出自をとても面白く思う。
シリーズとして設計を続けていく中で箱の家がエコハウス、サステイナブルデザインへと進化していくこのことも大きくこのことと関係しているのだろう。そしてこの過程にもっとも共感する。私たちの時代がたどった道を箱の家は凝縮して示す教科書、または物差しの役目を果たすものとしてあるのではないか思う。
著者により箱の家の考え方は本書の中で以下の順に説明される。その展開、なぜ一室空間なのか、クライアントと建築家の関係は如何に考えるか、サステイナブルデザインへの道、その実現のための構法と設備、最も過激なケーススタディとしてのアルミエコハウス、そして箱の家の今後、こうした構成により過不足なく説得力をもって箱の家を説得するのである。そしてそれのどれもが極めてまともな見解であることに私は納得しながらしかし驚く。これほどけれんのない言説に出会う新鮮さに。
たぶんそれによって箱の家そのものもそれが毎回驚きを伴うものとして現れることがないのであろう」。静かに少しずつさまざまな素材、構法が試みられ奇によることなく試みられ、今日に至る。
収められた三つの対談はどれもが興味深いがここでもモダニズムの正当で禁欲的ともいえる継承者の側面を著者に見るのだ。フラットルーフから逸脱しない新奇を目指すことのない箱の家の造形は「かわらを載せるだけで犯罪を犯したような気がする」という言葉が説明する。箱の家は「あきらめることのないモダニズム」なのである。そう考えるとこのシリーズは池辺陽をいかに学び批評し継承するかの結果でもあると考えられるのではないかとすら思う。池辺も生涯100近くの住宅を作った建築家であった。本書とともにぜひ併読することをお勧めしたいのが、池辺についての著者による著作「戦後モダニズム建築の極北、池辺陽試論」であり、思索の定点として池辺の存在がいかに大きいものであることを正確に示していると思う。池辺のよる「立体最小限住宅」、箱の家1のコンセプトの第一にそのまま立体最小限住宅との記載がある、池辺によるナンバーシリーズと箱の家はこの事だけを見てもきわめて深い連続性を持つものと考えていい。「試論」には池辺が集合住宅に手を染めることをしない理由を説明するくだりがあった。同時代の建築家が集合住宅の建設に走ったとき、モジュールに興味を示し、工業化を目指した池辺は技術がいまだその精度に届かないことを理由に集合住宅に興味を示すことがなかったと記載されていたと記憶する。いま著者は箱の家の未来が集合化を目指しサステイナブルデザインを指向すると表明する。私自身ここに大きい期待がある。しかしこうした思考プロセスの上に当然あるはずのモジュール、標準化について彼はこの本の中で触れることがなく、またモダニズムが合理的帰結とすると考えていいオープンビルディングシステムについても親近を見せないように見える。箱の家のすべての室内にシナ合板によるしつらえがある。それが架構と分離されたインフィルに見えようともである。エコロジーについても深夜電力に寄り添うことで本当に足りるとする説明が今後も可能なのであろうかとも思う。この先の箱の家はこれらをいかに解いていくのだろうか。
本書、冒頭にある4層構造という解説、モノとして、エネルギーの装置として、機能として、意味、記号としてという諸相は材料、構法、構造(第一層)環境(第二層)計画(第三層)歴史意匠(第四層)と対応している。箱の家は良きにつけ悪しきにつけモダニズムの歴史意匠としての第四層に大きくよっているのではないかと思う。それを突き抜けるための材料、構法、構造、そして環境技術、計画学各層に独自で革新的な科学の出現が箱の家を大きく変えるのではないかと思うのである。それの始まりをこの本は期待させるし、科学が根拠として立ち居振舞うことを信じる著者の作為はここを基点にすることで大きな展開を果たすはずである。テクノロジーの進化が待たれる。
理解しやすく、著者の考え方を知る良書としてだけでなく、構法、ディテールの書としても広く多くの人々に薦めたい。